「重要性の基準値」だけが監査ではない|金額と共に質的重要性も考える

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形式的な基準値だけなら誰でもできる|監査の基本は、懐疑心

最近、昔を思い出して監査法人時代の記事を書くことが多いんですが、どうしても思い出していると「怒りが込み上げる」ものが多く出てきます。

今回もそんな事例になりますが、もし、あなたが監査法人で働くならば、そして監査スタッフとして監査手続きを実施するならば、是非、知っておいてほしいことになります。

✓ 重要性の基準値=金額的重要性のみの監査なら誰でもできる
⇒minor passで質的重要性を見逃してはならない
✓ 金額的重要性と同等に質的重要性も監査上は大事

仮に知らずに、同じことをやってしまったら・・・今でこそないかもしれませんが、ひと昔前なら、「目の前で調書を破かれる」「しばかれる」ことすらあった事例。なぜそこまでされるのか…それは、監査人として「最低限」「当たり前」のことができていないからです。

だからといってしばかれるのはどうかと思いますが…今回はそんな昔話をご紹介します。勉強の頭休めに、ごゆっくりご覧ください。

minor pass(マイナーパス)について

早速ですが、「minor pass(マイナーパス)」という用語、知っているでしょうか。その名のとおりですが、監査現場で使用される時は「処理的に誤りだが重要性がないため無視する」ということです。

考え方はシンプル。詳細な定義は、監査論を勉強している、若しくは勉強してきた読者に対し不要なので省略します。いずれにしても、各クライアントで監査を実施する際は、必ず重要性の基準値が設定されます。売上やら総資産やらいろいろベースはありますが、イレギュラーがなければ基本は利益ベースでしょう。その算定した重要性の基準値から、F/S全体の許容値や、表示の振替における許容値、PLヒットの許容値、一取引当たりの許容値等を想定しながら手続きを進めていくわけです。

この許容できる範囲内の「誤謬や虚偽表示」について、無視すること=minor passとなります。

実務における「重要性の基準値」イメージ

知っている人からすれば、「あぁはいはい」という感じのところですが、監査実務をやらないとしっくりこないところかもしれません。

この重要性の基準値はクライアントに伝えるものではありません。当然と言えば当然ですが、その基準値がわかれば、それをかわすようにクライアント側が経理操作することも可能ですからね。ただ、企業内会計士がいると何となくその基準値が推定されるケースは多々あります。

また、場合によっては(例えば、特定項目抽出による試査)、エビデンス依頼の際に、金額Scope(≒重要性の基準値)を監査人側が明示することもあります。いずれにせよ、基本はクライアントと共有するものではありません。

あと、前述のとおり、基本は「利益ベース」で事足ります。では、「利益ベース以外を使用するケース」とは何か。近年では、コロナ影響で業績が悪化し、赤字になっているケースでしょう。このようなケースでは、売上や総資産等を使用することになります。

ちなみに、「利益ベース」だとしても、その利益額に何%を乗じて基準値を設定するかは、クライアントのリスクに応じ判断するため、実際のところ企業内会計士であったとしてもピタリと当てることは難しいでしょう。

重要性の基準値はどう計算する?|監査と経理実務

上記のとおり、利益ベース等に対し××%という割合で算出します。監査上の指針となる委員会報告では「5%」という一つの例示はありますが、企業の状況によって異なるとされています。

それでは経理実務としてはどうかというと、企業会計原則注解で「重要性の原則」があるものの、具体的な金額基準の明示はありません。そのため、経理実務では各企業の過去の処理基準等をベースに処理を行うしかないでしょうが、前段の監査と同様、慣例的には「税前利益の5%」という考えがあります。一つの参考値となるでしょう。

なお、いずれにしても「税務申告」の観点ではリスクが発生する点、留意が必要です。

なぜ「minor pass」するのか?

さて、実際の監査手続きの中で、「誤謬や虚偽表示」を見つけた場合、修正してもらうこともあれば、この許容値に照らしそのままパスすることもあります。

誤りがあるなら直すんじゃないの?

普通の人は思うかもしれませんが、そうはいかないのが実務です。例えば、決算スケジュールとの関係があります。一つの数字を直すと、それ以降、後続作業・データが変わる場合です。もし、修正すると、数日かけて行った作業が全てやり直し・・・なんてこともあります。結果として、監査の作業スケジュールもずれ込み、決算発表に間に合わないことにもなりかねません。

そんな時には、「誤りだけど影響が僅少のためパス」という判断が必要になるわけです。少し雑な言い方をすれば、1円変わったとしても投資家をはじめとするステークホルダーに影響ないよね?みたいな考え方です。

何でもかんでも「minor pass」するな!

今回の記事の本題です。「minor pass」自体は監査の効率性等(試査が前提)の視点から必要なことです。そして、監査実務に従事すればこの判断にもすぐに慣れることでしょう。ただ、慣れすぎるのは危険です。

決して忘れてはいけないこと、それは重要性に「質」と「量」の両面があるということです。金額的重要性(=量)がないとしても、内容的にリスクの高いもの(=質)があれば、それを簡単にパスすることはありえません(仮に、重要性の基準値内の金額で誤りが発見されても、それが不正リスクの高い項目から発生しているなら判断は変わる可能性がある)。

そんなことはわかっている!

そういう声が聞こえてきそうですが、実際、何度も監査手続きを行っていくと、また、監査のスケジュールもタイトで、さらにクライアント側からも催促があり・・・と重なると、いつのまにか、監査手続きが形骸化し、この「minor pass」という判断を機械的にやってしまう監査人が出てきます。

実際、私が監査をしていた時に、別のメンバーがこの判断をいい加減にしていて、インチャージにレビューで詰められ、調書を破られていました。。。破るまではやりすぎな気もしましたが、とはいえ、大きな見落とし、過ちになる前に、とても大事なこととなります。

重要性の基準値のお話 まとめ

“何でもかんでもminor passするな”
 ・重要性は「量」と「質」
 ・常に「懐疑心」を忘れずに

本当のリスク、それは「minor pass」した項目の中にあるかもしれません。なぜそれをパスしたのか、金額のみでなく質的側面も考慮の上、自信をもってパスしたのか、ただ金額を見て機械的にパスしていないか。

職業的懐疑心を常に持ち、初心を忘れずに。監査の社会的重要性を認識の上で、監査人の方には、目の前の手続きをしっかり実施してもらいたいものです。

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